ココ・シャネルがパリのカンボン通り21番地に帽子専門店「シャネル・モード」を開いたのは1910年のことです。
すでにイミテーションジュエリーは存在していましたが、盗難防止などを目的とした本物のジュエリーの代替品で、身に着けておしゃれを愉しむためのものではありませんでした。
つまり、当時は装身具としては高価なジュエリーしか存在せず、上流階級の限られた人々だけが身に着けることのできる、富や権力の象徴だったのです。
富を見せつけるかのようにジュエリーで身を飾り立てることを嫌っていたココ・シャネル。
1924年、彼女は世界初のコスチュームジュエリーとなる、模造宝石を使用した“ビジュ・ファンデジ”コレクションを発表します。
模造の真珠や金メッキを多用することで価格を抑えたこのコレクションは、本物のジュエリーを買えない人々から大きな人気を集めました。
また、単なるレプリカを超えた、独自のファッション性を備えたシャネルのコスチュームジュエリーは、貴族的な価値観が根強いヨーロッパよりも、
新興国アメリカで積極的に受け入れられます。
その後、アメリカではミリアム・ハスケルやトリファリなど有名なコスチューム・ジュエラーが相次いで台頭し、
バロックパールやラインストーンなどに彩られた個性的なデザインの数々が生み出されていきます。
1950年代にはオードリー・ヘップバーンやマリリン・モンロー、ジャクリーン・ケネディなど、有名女優や上流階級の女性もその価値を認め、
コスチュームジュエリーを好んで身に着けるなど、その地位を確立していきました。
ココ・シャネルが生み出したコスチュームジュエリーは、こうしてファッションの中に一大ジャンルを築き上げることになったのです。
しかしながら、ココ・シャネルは貴金属や宝石の価値を否定したわけではありません。
1932年にはダイヤモンドを用いたファインジュエリーのコレクション“Bijoux de Diamants(ダイヤモンド ジュエリー)”も発表しています。
ココにとって大切なのは、ファインジュエリーにしろコスチュームジュエリーにしろ、身分に関係なく全ての女性が、TPOやファッションに合わせて自由におしゃれを楽しむことです。
それこそが彼女の生涯をかけて目指したエポックメイキングでした。