パンクの女王という異名を持つ「ヴィヴィアン・イザベル・スウェア」が立ち上げた「ヴィヴィアン・ウエストウッド」
1971年に誕生して以来、どのファッション・流行にも縛られない、我が道を行くファッションは年代を超えて愛されています。
パンクの女王こと「ヴィヴィアン・イザベル・スウェア 」は、1941年にイングランド中部、ダービーシャーで誕生しました。
彼女は、子供時代・学生時代共に、パンクやロックと言った個性的なファッションに興味があったのではなく、どこにでもいる普通の女性でした。
大学卒業後は結婚し、長男を出産するも結婚生活3年目の1965年に離婚しました。しかし、幸か不幸か、この離婚により彼女に大きな転機が訪れるのです。
離婚の2年後、1967年に無政府主義政治団体で活動していた「マルコム・マクラーレン」と出会い結婚。
この2人の出会いによって、後のヴィヴィアン・ウエストウッド誕生のきっかけになります。
ヴィヴィアン・イザベル・スウェア、マルコム・マクラーレンの2人は1971年、ヴィヴィアン・ウエストウッドの前身「レット・イット・ロック」をキングスロード430番地にオープンしました。
1974年には「SEX」に店名を変更し、今までにないアバンギャルドなファッションアイテムを中心に取り扱い、ファッションに敏感な若い方々の注目を浴びたのです。
翌年1975年、伝説のパンク&ロックバンド「セックス・ピストルズ」をプロデュース。
常連客をバンドにしたことが見事に的中し、グループが着用するアイテムの数々が話題となり、一気に流行していきました。
1976年には「セディショナリーズ」へ店名を変更し、アイテムの多くをパンク・ロックテイストに変更。もともとファッションに難しいアイテム達を、
夫婦の力により誰でも着こなせるパンクロックアイテムへと完成させました。(ちなみに、1979年に「ワールズエンド」に店名を変更しています)
そして遂に、1981年には初のキャットウォークコレクションを展開できるまでに成長したのです。
アンダーグラウンドから表舞台に出現したヴィヴィアン・ウエストウッドは、後に創業当時では考えられない名誉ある称号を受けました。
表舞台に立ってから、ヴィヴィアン・ウエストウッドのアイテム達に変化が生じました。
今までのアバンギャルドなアイテム、そしてパンクロックテイストのアイテムばかり並んでいましたが、エレガントで高級感あるデザインへと変更していきます。
また1993年にレディース部門を分割し、ハイランクを「ヴィヴィアン・ウエストウッド ゴールドレーベル」中間を「ヴィヴィアン・ウエストウッド レッドレーベル」として設定しました。(1998年には、過去のアイテム達を復刻させたカジュアルライン「アングロマニア」も誕生しました)
この方向転換が功を奏し、今までヴィヴィアン・ウエストウッドを知らなかった、または敬遠していた層にも浸透していき、幅広い顧客を集めることに成功しました。
そして年数が経過するごとに、世界中のお客様から認められるブランドへと成長したのです。